Blog:医療人文学/ ONHP 報告 #025 (240525)

大学の中心から車で30分ほどのOxford大学の演習林 Wytham Woodsの中に、備前焼を作る穴窯(あながま)が3つある。人間国宝(陶芸)伊勢崎 淳 氏の指導を受けながらの本格的な備前窯。ここを仕切るのが文化人類学者のRobin Wilson。平安時代の須恵器の流れをくむ備前焼は、釉薬(ゆうやく)を用いず、土と燃える木から出る成分そして火の温度や流れが生み出す芸術。作家は、作品を窯の中に並べながら、火がどのように窯の中を舐め、どのような痕跡を残すかを十分予想し「創作」する。ただ、何日も目を離せない焼きのプロセス、そして何トンもの選りすぐられた薪。備前焼はコミュニティーの作業。薪の選び、火の色や音を確認し、何世紀にも渡り伝統の家系に秘技として伝わってきた技能。

Robinの解説によると、伊勢崎 淳 氏と長男 伊勢崎晃一朗 氏は備前焼の伝統をオックスフォードに持ち込み、文化人類学者Robinと一緒に世界中からの陶芸家が集い学び合う場を築いた。晃一朗 氏は、美術系大学を卒業しニューヨークの陶芸作家ジェフ・シャピロに師事するなど、国際的な視野を持つ若手陶芸家。伊勢崎氏らは、優秀な弟子を(帰ってこなくてもいい、世界で働け、と言って)オックスフォードに送り出し、またオックフォードに集う陶芸家たちを備前に招き入れる。Robinは窯を管理する。同時に、その陶芸家たちのコミュニティをフィールドとしてエスノグラフィックなを研究する。なんともダイナミックなプロジェクト。

https://www.instagram.com/reel/C7TfnnCM0BP/?utm_source=ig_web_copy_link&igsh=MzRlODBiNWFlZA==

わたしたちONHPのメンバーが、訪問した日は、あいにくの雨。しかし森のひらけたところにある窯とそれを囲む木造の倉庫の一角に野点(のだて)が作られ、お菓子と抹茶が振る舞われた。

茶道の紹介をしているのは、Ashmolean Museumの日本美術の主任Dr Clare Pollard。茶碗はここで作られた備前焼。写真左下の花入は伊勢崎淳の作品。それらを手に取って愛でてみることが大切という。

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https://www.uk.emb-japan.go.jp/itpr_en/230228commendation.html

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もちろん日本の陶芸に関心を持った英国人は、Robinが初めてではない。バーナード・リーチ Bernard Howell Leach は高村光太郎や柳宗悦らと交流し、純粋芸術としての陶芸ではなく実用的な陶器に関心を寄せ「民藝」に光を当て当てた。帰英後コーンウォールのSt Ivesに工房(Leach Pottery)を開いた。そして、美術についての思いを楽しく深めたいときは、いつものように原田マハ。

リーチ先生

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文学と医療人文学のtutorとして関わってくれた Marta とのセッションは、衝撃的。おそらく彼女は、私自身の関心の焦点と似たところを狙って研究している。医療人文学の第一波は、医療者が人文学的素養に目を開き患者や医療を多面的眼差しを向けることを目指す営み。Rita Charon の Narrative Medicine がそのエッセンスを最も良く表現しているのかもしれない。第二派は、医療者に目を向けた営みを脱し、医療をはじめ人間の健康に関するテーマを歴史・文化・社会の中に位置付ける学問的・実践的営み。Health Humanities とか Critical Medical Humanities と呼ばれる。オックスフォード大学の Medical Humanaities は、人文学センター(The Oxford Research Centre in Humanities: TORCH)という大きな傘の下、医療・健康というテーマをめぐる哲学・神学・人類学・歴史学・文学・芸術学などの研究を展開している。イタリア語を母語とする文学研究者 Marta のもう一つの研究領域は Translation Studies。この研究領域は、言語、そしてその言語に育った人間の文化を、他者と橋渡しする営みの深みを研究する。Marta は、特に文学研究を通して「医」「病」の語りを比較研究すると同時に、一つの文化の中での「医」「病」の語りの構造にも迫る。そして、医療人文学の言語構造に迫ろうとし、Translational Medical Humanities といいう第三波を構築しようとしている。とにかく、全面的に「ことば」が通じる感覚。英語が、というのではなく、語りたいと思っていることが理解してもらえるし、彼女が語ることの意味が、私自身の知的フレームの中でよくわかる。彼女と、今後も色々と知的交流を深めてゆくことになるだろう。

彼女に近づくための第一歩がこの本:

翻訳 訳すことのストラテジー
Translation: A Very Short Introduction (Very Short Introductions)

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以下、毎回のお願い:バックグラウンド・リサーチが不十分なものも掲載します。限られた体験に基づく主観的な記述が中心となります。引用等はお控えください。また、このブログ記事は、学びの途上の記録であり、それぞれのテーマについて伊藤の最終的な見解でないこともご理解ください。Blogの中では個人名は、原則 First Name で記すことにしました。あくまでも伊藤の経験の呟きであり、相手について記述する意図はありません。

伊藤高章 t.d.ito@sacra.or.jp

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